広島と長崎を特別扱いするな

タイトル:広島と長崎を特別扱いするな
氏名 上岡 龍次

■広島と長崎を特別扱い
毎年広島と長崎は特別扱いを受ける。広島は初めて原爆が投下されたのは事実。人類初の新兵器であり実験として投下されたのも事実。だが他の都市も爆撃されている。この事実を無視し広島と長崎を特別扱いすることは間違っている。

■戦略爆撃理論
第一次世界大戦が終わると、イタリアのドゥーエ将軍が航空機の破壊力に目を付けた。航空機は第一次世界大戦で初めて戦場に投入された新兵器。新兵器である航空機は瞬く間に性能を向上させ、空中戦だけではなく地上を攻撃する兵器にもなった。

地上戦は一進一退の塹壕戦が行われた。陸軍は容易に敵の防衛線を突破できずに苦しんだ。だが航空機は容易に敵戦線を突破し、敵の後方まで進出できた。

ドゥーエ将軍は航空機の長所に目を付けると、航空機を用いた将来の戦争を構想した。これを戦略爆撃理論として著作を出すと、各国の空軍は熱狂的に新理論を受け入れた。

戦略爆撃理論の概要は、「敵軍の兵器を作るのは敵国の民間人だから、民間人を殺せば敵軍は戦えなくなる。だから敵国の民間人を殺せば良い」と言う悪質なものだった。

ヨーロッパの騎士道では敵国民は殺さないのが暗黙の了解だった。だが各国はドゥーエ将軍の戦略爆撃理論に飛び付いた。理屈では敵国の民間人を殺せば敵軍の武器を作れない。敵軍は武器と物資を得られず敗北する。

この様な短絡的な理屈が熱狂的に受け入れられ、第一次世界大戦後の空軍は戦闘機よりも爆撃機の開発を優先した。

爆撃機は戦闘機よりも高高度を飛行し、戦闘機よりも長く飛行することができる。だから敵戦闘機に撃墜されることなく自軍の爆撃機は敵都市を破壊できる。これで戦争に素早く勝利できると思い込んだ。

戦略爆撃理論は敵国民を直接殺すことを目的とした理論。騎士道と武士道には無い悪質な概念であり、人類が生み出した唾棄すべき理論である。

■日本の都市は戦略爆撃理論に従い爆撃された
第二次世界大戦が始まると、交戦国は騎士道・武士道に従い直接民間人を殺す行為を回避した。各国の爆撃機は戦略爆撃理論に従い作られたが、実際に使うと爆撃機の損害が増大した。実際には敵戦闘機に爆撃機が撃墜され、護衛の戦闘機がいなければ爆撃は困難だった。

状況が変化したのはドイツとイギリスのバトル・オブ・ブリテンから。ドイツ空軍の爆撃機はイギリス軍基地の爆撃に終始していた。この時にドイツの爆撃機が間違って民間人が生活する都市を誤爆した。

これに怒ったイギリス空軍は報復としてドイツの都市を爆撃する。最初は誤爆だったのだが報復が報復を呼び、ドイツとイギリスは騎士道を忘れた。ドイツとイギリスは敵国民を直接殺す戦略爆撃理論を選び、悪しき前例を後世に残すことになる。

さらに悪いことに、アメリカは人類初の概念である国家に対する無条件降伏を戦争に持ち込んだ。既存の無条件降伏は敵軍に使うものであり、敵軍の武装解除を意味した。敵軍は武装解除をして降伏するが人権を持った状態で捕虜になる。

だが国家に対する無条件降伏は人類初の概念だった。だから当時の指導者たちは、国家の消滅と国民の無人権だと認識した。だから敵国民を直接殺すことは正義と見なされ、日本の都市への爆撃を正当化された。

■広島と長崎も戦略爆撃理論の一部
広島と長崎も他の都市と同じ戦略爆撃理論に従い爆撃された。東京・名古屋などの都市も民間人を直接殺す目的で爆撃された。他の都市も民間人を直接殺す戦略爆撃理論に従い爆撃された。

広島と長崎を特別扱いするのではなく、他の都市と同じ様に見るべきだ。なぜなら民間人を直接殺すことが目的で爆撃されたのであり、広島と長崎も戦略爆撃理論に従い爆撃された。これを理解し受け入れるべきだ。

■戦略爆撃理論を否定しよう
第二次世界大戦後も戦略爆撃理論は生き続け、核弾頭を搭載した大陸間弾道弾ミサイルに生まれ変わった。大陸間弾道弾ミサイルは戦略爆撃理論を具現化した姿。大陸間弾道弾ミサイルは敵国の都市を攻撃することを前提として作られた。

広島と長崎を特別扱いすると、核兵器による都市攻撃は悪だが、通常兵器を用いた都市攻撃は正当と見なされる。だから広島と長崎を特別扱いしてはならない。


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