国家神道は邪教

「国家神道は邪教」
国家神道が日本人の天皇観を歪ませた。

■明治政府が作り出した国家神道
明治政府は急速な近代化を選んだが、数学などの自然科学を優先した近代化だった。だから歴史や哲学などの社会科学は軽視され、国家体制に必要な思想を学ばなかった。自然科学は理屈の世界だが、社会科学は人間の価値観を含んだ経験則の世界。この区別がつかないまま、明治政府は近代化を推し進めた。

こうなれば明治政府の国造りはツギハギ。理解できるものを集めただけだから、外国の宗教と政治を見ながらのツギハギだった。これが未来の日本に混乱を残す元凶となり、天皇陛下の御地位も間違った方向へ導いた。

■一神教への対応と誤認
明治政府は白人世界を意識していたので、キリスト教の神が頂点であることは理解した。しかも白人世界の政治システムは国王が頂点なので、近代化した日本を白人世界に認めさせる目的で、天皇の御地位を頂点と見なした様だ。

明治政府は紆余曲折しながら、既存の神道から国家神道を作り出した。日本国民統合を目的として天皇家の神を頂点とし、他の神を下位に置くキリスト教的な構造だった。この頂点とする構造は、神話である古事記を否定している。しかも神武東征から現代まで続く天皇家の価値観を否定していた。

国家神道は天皇の御地位を日本の頂点としたことで、天皇の御地位は神格化された。これが原因で神格化された天皇は悪用され、日本を間違った道へ導いた。明治政府が作り出した国家神道は、外国の影響を受けた邪教。これは異部族の神を下位に置くから、日本の神道ではありません。

■神話である古事記から見た合議制としての日本型民主主義
初発の神は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)。天の中心の神の意味になりますが、この段階で初発の神は中心と言うことになります。外国の神は頂点ですが、天之御中主神は中心です。この段階で違いが出ています。だから天之御中主神は主宰神と言えます。

神話である古事記には、天の安の河の河原に八百万の神を集めさせ、思金神に思案させて結論を出しています。天照大御神は神々が出した結論に天照大御神の名で権威を与えて詔を出しています。これは合議制であり、日本型民主主義の原型です。

天皇陛下は議会の主宰者であり、政治家が集まって法案を議論します。法案は首相が天皇陛下の元へ持って行き、天皇陛下の裁可を受けることで法律になります。この手続きは神話の時代から現代まで継承しているので、歴代天皇は日本の頂点ではなく中心と言えます。仮に日本の頂点であれば、天照大御神は神々を集めて直接政策を詔として命令します。ですが一度として天照大御神は直接命令していません。天照大御神は中心として神々の中にいました。だから歴代天皇も日本の中心なのです。

■多宗教から多神教へ移行した神道
古代日本は部族ごとに宗教を持ち部族の神を崇拝していました。天皇家は神武東征から日本を征服していますが、歴代天皇は異部族の宗教や神を否定していません。むしろ天皇家の神と異部族の神を同等にしています。

三島水軍は大山積神を崇拝し、出雲は大国主命を崇拝しています。これらは天皇家とは異なる部族であり、異なる宗教の神です。異なる神々が現代まで続いていることは、神武天皇から今上天皇まで異宗教の神を否定していない証です。

古代日本は多宗教でしたが、歴代天皇が異部族の神々も対等としたことで多神教になったと思われます。つまり天皇家の神を中心とした多神教が神道。これを象徴したのが古事記。そして、「和を以て貴しとなす」心の原型ではないでしょうか。

■天皇家を中心とした家族主義の思想
天皇陛下の御地位は日本の頂点ではなく中心。これは天皇家を中心(本家)とした家族主義の思想です。本来の神道は天皇家の神を中心とした世界観。だから天皇陛下の神格化は間違い。天皇家を中心(本家)とした家族主義の思想で見るべきです。

天皇の御地位は国家そのもの。天皇になることは、人間から国家である日本になることを意味します。国家が国民に人権を与えるから、天皇陛下は日本国民の人権の源です。天皇陛下は日本人の人権の源だから、「神聖にして犯すべからず」なのです。これは神格化や信仰心ではなく、人権を与えられた国民として天皇陛下への感謝になります。




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PHP研究所
竹田 恒泰

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